体罰賛成論

単刀直入にお聞きしますが、皆さんは体罰についてどのように思われていますか?

賛成ですか?反対ですか?

桜宮高校バスケ部の体罰問題が発端となり、全日本女子柔道の園田監督の辞任、伊吹衆院議長の体罰肯定論など、ここにきて体罰についての報道が続いています。

僕の個人的な見解としては、体罰は全然OKだと思います。
ただ体罰を行う側の倫理観みたいなものが大切なのではないでしょうか。

体罰は言葉で言っても理解できない事を教える時に有効な行為です。

凄く小さな頃の思い出ですが、僕がストーブの近くで遊んでいると、おじいちゃんにお尻を叩かれたのを覚えています。多分おじいちゃんは事前に、「ストーブの近くで遊ぶと危険だよ」と口頭で注意してくれていたのだと思います。それでも理解できない僕に対し、危険を回避する為に体罰を行ったわけです。お尻を叩かれた僕はギャン泣きしたと思いますが、それによって火傷を負わずに済んだわけです。

じゃあ言葉を理解できるレベルに達したら体罰は不必要かというと、そうではありません。理解できていても、行動が伴わないことってあるじゃないですか。そういう時の為に体罰は必要なのだと思います。

具体的な例として、僕の高校時代の話を書きます。

アメリカの高校に通っていた僕は、秋のシーズンにアメリカンフットボールのチームに所属していました。

フットボールはサッカー、ラグビーと同様に、広いグラウンドを走り回るスポーツです。

その為に、練習中はけっこう走らされます。

その中でも一番辛かった練習がフラッガーと呼ばれる練習。

フィールドの片側に選手全員を整列させ、コーチの笛の音と共に、全員同時にダッシュします。

フィールの端から端までが100ヤードなのですが、100ヤードの全力疾走を10本、90ヤードを9本、80ヤードを8本って具合に、合計で3,840ヤードを全力で走ります。

これを初めて経験した時には、100ヤード10本だけでも死ぬと思いました。

フットボールだとイメージが難しいので、サッカー場をイメージして下さい。あのグラウンドの端から端までを全力疾走。それを10本続けてです。マジで死にます。

1本終わるごとに、若干のインターバルがあります。その間に呼吸を整えるのですが、リカバリーできなくても、コーチの笛と共にスタートしなければなりません。

こんな事を続けていると必ず限界が訪れます。マジで体が動かなくなるのです。

「ピィ!」って音が耳に入っても、マジで体が動かないんですよ。頭では理解しているんですよ。でもね、体が本当に動かない。

そうすると、どこからともなくコーチが投げたフットボールが飛んできて、背中とか脇腹に当たります。

これが死ぬほど痛い。

無防備な背中に先の尖ったフットボールが突き刺さります。これって本当に痛いのです。

我々選手は、コーチの放つボールをボムと呼んで恐れていました。

「やばい、もう限界だ」と思っても、常にボムが気になります。

走るのは辛いけど、ボムを喰らう方がもっと辛い。だから全員笛の音に素早く反応するようになるのです。

ボムは完全に体罰ですが、ボムのおかげで強くなれたと思っています。試合の終盤、体力的に辛い時でも、ボムを思い出すと残った力を最大限に発揮する事ができました。

では何故現在体罰がここまで問題視されているのかという点についてですが、それは体罰を行う側の技量が足りないからだと思います。

そもそも体罰は「何かをやらせる」という点では効果が無いと思います。逆に「何かをやめさせる」といった時には効果的です。

「ストーブの近くで遊ぶのをやめさせる」といった時には有効ですし、スポーツでも「悪い癖をやめさせる」時に叩いたりするコーチがいます。

実際に僕も野球のフォームが崩れた時などに、コーチにバットのグリップで叩かれました。それによって悪い癖が矯正された事が度々ありました。

では先ほどのボムはどうでしょうか?

一見「走らせる=何かをやらせる」という感じに捉えてしまいがちですが、僕はその逆だと思います。
ボムの威力は走らせる為ではなく、休むのをやめさせる為の体罰なのです。

それって何が違うかというと、そもそも僕たちには走りたいという強い意志はあるのです。別に走る事自体を拒否しているわけではないのです。

その反面、自分の意志に反して、体が勝手に休んじゃっているのです。それをやめさせるのがボムの役目なのです。

下手な指導者は、何かをやらせる為に暴力を使います。でもそれって非効率だと思います。練習は強制されてやるよりも、自主的にやった方が結果に繋がります。その為に、指導者は「何故その練習が重要なのか」を選手に理解させ、自ら実施するべきだと思わせる事が大事です。それでも遂行できい程に心が弱っている時の手段として、体罰があるべきなのではないでしょうか。

指導者の中には自分のストレス解消の為に選手を叩く人がいます。チームが勝てずに周りから批判された時、そのフラストレーションを選手にぶつける人がいます。それはそもそも論外ですし、その人の行う体罰はただの暴力でしかありません。

そんな中で、凄く思うことがあります。

今回の高校バスケにしても女子柔道にしても、問題の根底はスポーツを食い物にしている人がいるという点だと思います。

高校は有名になって多くの生徒を集めることを目的にスポーツに力を入れます。アマチュアスポーツはオリンピックで金メダルを量産した上で利権を確保する為に、勝利至上主義に走ります。アマチュアスポーツの範疇を脱し、利権を漁る人々の為にこれらのスポーツは成り立っているのです。そのストレスが現場の監督に降りてきて、それが選手に対する暴力につながるのではないでしょうか。

2020年の東京オリンピック招致に対しては賛成ですが、それが末端の選手に対するストレスに繋がるのであれば、別にオリンピックなんて無くてもいいかなと思えます。

体罰を断罪する前に、スポーツを食い物にしている奴らを叩くべきなのではないかと思います。

アマチュアスポーツは楽しむ為のものであり、また自分自身を鍛えるためのものでもあります。決して誰かの利権の為にあるべきものではありません。アマチュアスポーツを食い物にするマスコミ自身も、その点を再考するべきではないでしょうか。
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