大阪市の入れ墨職員問題、皆さんはどうお考えですか?
橋下市長は入れ墨をしている職員を分限免職なんて言っていますが、僕的には「何で?」って感じです。
その件について意見を求められた藤村官房長官は、公務員が入れ墨を入れることについて「茶髪が嫌な人も中にはいるし、一概には言えない。私個人の好き嫌いを述べる場ではない」と発言していました。
僕もはげしく同意。
入れ墨にしろ、茶髪にしろ、ピアス男子にしろ、それって個人の価値観によって大きく異なるわけでしょ。明確なルールが無い中で、「常識的に考えて入れ墨は駄目」っていうのには納得できません。
そもそも「入れ墨=暴力団」っていう発想が古い。
もうね、大阪市の職員みんなでバンバン墨入れちゃいなよ。
応援するよ!
そんな入れ墨容認派の僕ですが、僕自身は墨を入れていません。
何故って? それは親に怒られるから。。。
っていうのもあるのですが、正直、何を入れていいかわからないからです。
2012年にカッコイイと思っていたものが、2020年にもカッコイイと思える自信もないし、そもそもセンス無いから、結構ダサい感じのタトゥーになってしまう可能性大。
それに彫ってくれる人が失敗したらどうしようとか考えていると、凄く怖くなります。
だから無理。
そう考えると、タトゥー入れている人は凄いと思います。
「俺は一生これで過ごす!」って決めているわけでしょ。
尊敬します。
こんな優柔不断でダサい僕ですが、今日はそのルーツでもある小学1年生の時のお話です。
☆☆☆
大人になってからの僕をご存知の方には想像し難いとは思いますが、僕は非常に病弱な子供でした。幼少の頃は、母に連れられ病院のハシゴ。その中でも辛かったのが喘息。幼稚園に入るまでは、毎日寝たきり老人の様な生活を送っていたらしいです。
その様な状況を打破する為、医者の勧めもあってスイミングスクールに通うようになりました。3歳の誕生日の翌日、母親に連れられ入会したスクール。入会当初は大きな水面に驚き、団体行動に戸惑い、毎週練習のある水曜日が来る事を怯えながら過ごしていました。
しかし時が経つにつれ友達もでき、徐々にスクールに馴染む事ができました。
そんなスイミングスクールなのですが、小学生限定で、スキースクールも開催していました。
「何でスイミングスクールなのにスキー?」っていう質問はご遠慮下さい。僕もなぜかは知りません。
毎年春休みと冬休みに、越後湯沢で実施されるスキースクール。
僕の通っていたスクールだけではなく、系列5校の子供を引き連れ、ホテルを貸し切っての合宿です。
もちろん僕も参加しました。
初めて参加した小学1年の冬休み。親のいない、子供だけで過ごす3泊4日の小旅行。
同部屋には同じスクールから4名、他のスクールから4名の8人部屋。
最初は若干の戸惑いがあったものの、気遣いや遠慮という言葉を知らない7歳児のグループです。お互いのお菓子を取り合ったり、人の鞄からパンツを取り出して押入れに隠したりと、カオスの中で親交を深めていきました。
そんなやりたい放題の僕たちが、唯一恐れていたのが「マジックマン」という謎の男の存在です。
マジックマンと言っても、手品を披露してくれるオッサンではありません。
マジックマンは夜中に現れ、悪い子供に対して罰を与えます。
罰といっても、眠っている子供の顔にマジックで落書きするだけなのですが、これが結構怖いのです。
朝起きて、隣の奴の眉間に「肉」とか書かれていると、その部屋全員震え上がります。
油性マジックで書かれているので、石鹸で洗っても消えません。
どんなに騒がしい朝食の場であっても、肉マークの少年が入場すると、そのテーブルには静寂が訪れます。
今になって思えば、これは先生方が子供を操る方法のひとつだったのだと思うのですが、サンタクロースを信じる年齢の子供にとって、マジックマンの威力は絶大でした。
どんなに騒いでいても、「お前たち、静かにしないとマジックマンが来るぞ!」と言われると、僕たちは直ぐに大人しくなりました。
そんな中、同部屋のカスガイ君がマジックマンの餌食になりました。
2日目の夜、若干ホームシックのカスガイ君は、夜になって自宅に電話をしました。お母さんと話していると時間が経つのを忘れてしまい、就寝時間になっても戻ってきません。30分程遅れて、先生に連れられ戻ってきたカスガイ君。
案の定、翌朝彼の額には「春」の文字が書かれていました。
マジックマンの仕打ちは、カスガイ君の心を強く傷つけました。
それがなくても若干のホームシック。
同じ部屋の仲間全員で励ましてはみたものの、延々と泣き続けるカスガイ君。
最終的にはトイレに引篭もってしまい、誰が呼んでも反応してくれません。
そんな彼をトイレに残し、僕たちは朝食の会場に向かいました。
食事中、僕たちは今後の対応策について話し合いました。
議論は「どうすればマジックで書かれた文字を消すことができるか」という点に集中したのですが、大した知恵のない僕たちにとって、解決策を見つける事ができません。
そんな議論の中、同じスクールに通うヤスナリが、面白い事を言い出しました。
「あのさ、多分マジックで書かれた字って、簡単には消えないと思うんだ。だったらさ、僕たち全員で自分の顔にも文字を書けばいいんじゃない?」
すると彼の双子の兄、ヒロナリも同調します。
「そうだよね。皆でやればさ、カスガイも仲間が出来て喜ぶよ」
しかし自らマジックで顔に文字を書くとなると誰でも躊躇します。僕たちが困惑していると、ヤスナリがこう言い放ちました。
「うちのお父さんが言ってたけど、日本人は周りを気にするから、一人だけ違うっていうのが辛いんだって。だから皆でやれば絶対カスガイもトイレから出てくるって。」
アメリカンスクールに通うクレバーな在日韓国人の双子。英語が出来るっていうだけで一目置かれる彼らから、そんな論理的な話をされたら反論できません。
部屋に戻るなり、僕たちはお互いの顔にマジックで漢字を書きあいました。
皆がどんな漢字を選んだかは覚えていませんが、僕は額に「清」と書いてもらいました。中国の清朝とは関係有りません。中畑清の「清」です。
しかし字の下手なツナシマに書いてもらったという事もあり、僕の額には「シ青」の文字。
そんな状況ではありますが、お互いの顔に文字を書き合うと、不思議な事に強い絆の様なもが生まれます。
それに一旦顔に落書きをしてしまうと、これ以降、マジックマンを恐れる必要はありません。
スキーの練習中だって僕たちは皆のヒーローです。
「お前たち、真面目に練習しないと、マジックマンが来るぞ!」
「別にマジックマン怖くないし。なんだったらマジックマンの顔に落書きしたいから、是非会ってみたいな」
そんな僕らの雄姿を見て、他の部屋の子供たちも同調します。
気がつくと、低学年男子の大半が、顔に何らかの漢字を書き込んでいました。
傍から見ると異様な光景です。他のスキー客は、僕たちの事をどの様に思っていた事でしょうか?
最後の夜、僕たちはお風呂の中で誓い合いました。
「この旅を忘れない為にも、家に帰ってからも額の漢字を大切にしよう。そして大きくなったら入れ墨を入れよう!」
あの時は酒が入ってなくてよかったです。多分飲んでいたら、勢いで墨を入れていたと思います。それ程までに僕たちは、額の文字を誇りに思っていました。。。
自分の眉間に「シ青」の文字が書かれた状態で、残りの人生を生き抜く自信はありません。。。
帰宅早々、母の手によって、アルコールで消されてしまった額の漢字。
それ以来、入れ墨に対する興味は無くなりました。
いつの日か、僕も心から入れたいと思うタトゥーに出会う事があるのでしょうか。
その時の僕がどんな状況であれ、「中火田シ青」だけは避けたいですね。
橋下市長は入れ墨をしている職員を分限免職なんて言っていますが、僕的には「何で?」って感じです。
その件について意見を求められた藤村官房長官は、公務員が入れ墨を入れることについて「茶髪が嫌な人も中にはいるし、一概には言えない。私個人の好き嫌いを述べる場ではない」と発言していました。
僕もはげしく同意。
入れ墨にしろ、茶髪にしろ、ピアス男子にしろ、それって個人の価値観によって大きく異なるわけでしょ。明確なルールが無い中で、「常識的に考えて入れ墨は駄目」っていうのには納得できません。
そもそも「入れ墨=暴力団」っていう発想が古い。
もうね、大阪市の職員みんなでバンバン墨入れちゃいなよ。
応援するよ!
そんな入れ墨容認派の僕ですが、僕自身は墨を入れていません。
何故って? それは親に怒られるから。。。
っていうのもあるのですが、正直、何を入れていいかわからないからです。
2012年にカッコイイと思っていたものが、2020年にもカッコイイと思える自信もないし、そもそもセンス無いから、結構ダサい感じのタトゥーになってしまう可能性大。
それに彫ってくれる人が失敗したらどうしようとか考えていると、凄く怖くなります。
だから無理。
そう考えると、タトゥー入れている人は凄いと思います。
「俺は一生これで過ごす!」って決めているわけでしょ。
尊敬します。
こんな優柔不断でダサい僕ですが、今日はそのルーツでもある小学1年生の時のお話です。
☆☆☆
大人になってからの僕をご存知の方には想像し難いとは思いますが、僕は非常に病弱な子供でした。幼少の頃は、母に連れられ病院のハシゴ。その中でも辛かったのが喘息。幼稚園に入るまでは、毎日寝たきり老人の様な生活を送っていたらしいです。
その様な状況を打破する為、医者の勧めもあってスイミングスクールに通うようになりました。3歳の誕生日の翌日、母親に連れられ入会したスクール。入会当初は大きな水面に驚き、団体行動に戸惑い、毎週練習のある水曜日が来る事を怯えながら過ごしていました。
しかし時が経つにつれ友達もでき、徐々にスクールに馴染む事ができました。
そんなスイミングスクールなのですが、小学生限定で、スキースクールも開催していました。
「何でスイミングスクールなのにスキー?」っていう質問はご遠慮下さい。僕もなぜかは知りません。
毎年春休みと冬休みに、越後湯沢で実施されるスキースクール。
僕の通っていたスクールだけではなく、系列5校の子供を引き連れ、ホテルを貸し切っての合宿です。
もちろん僕も参加しました。
初めて参加した小学1年の冬休み。親のいない、子供だけで過ごす3泊4日の小旅行。
同部屋には同じスクールから4名、他のスクールから4名の8人部屋。
最初は若干の戸惑いがあったものの、気遣いや遠慮という言葉を知らない7歳児のグループです。お互いのお菓子を取り合ったり、人の鞄からパンツを取り出して押入れに隠したりと、カオスの中で親交を深めていきました。
そんなやりたい放題の僕たちが、唯一恐れていたのが「マジックマン」という謎の男の存在です。
マジックマンと言っても、手品を披露してくれるオッサンではありません。
マジックマンは夜中に現れ、悪い子供に対して罰を与えます。
罰といっても、眠っている子供の顔にマジックで落書きするだけなのですが、これが結構怖いのです。
朝起きて、隣の奴の眉間に「肉」とか書かれていると、その部屋全員震え上がります。
油性マジックで書かれているので、石鹸で洗っても消えません。
どんなに騒がしい朝食の場であっても、肉マークの少年が入場すると、そのテーブルには静寂が訪れます。
今になって思えば、これは先生方が子供を操る方法のひとつだったのだと思うのですが、サンタクロースを信じる年齢の子供にとって、マジックマンの威力は絶大でした。
どんなに騒いでいても、「お前たち、静かにしないとマジックマンが来るぞ!」と言われると、僕たちは直ぐに大人しくなりました。
そんな中、同部屋のカスガイ君がマジックマンの餌食になりました。
2日目の夜、若干ホームシックのカスガイ君は、夜になって自宅に電話をしました。お母さんと話していると時間が経つのを忘れてしまい、就寝時間になっても戻ってきません。30分程遅れて、先生に連れられ戻ってきたカスガイ君。
案の定、翌朝彼の額には「春」の文字が書かれていました。
マジックマンの仕打ちは、カスガイ君の心を強く傷つけました。
それがなくても若干のホームシック。
同じ部屋の仲間全員で励ましてはみたものの、延々と泣き続けるカスガイ君。
最終的にはトイレに引篭もってしまい、誰が呼んでも反応してくれません。
そんな彼をトイレに残し、僕たちは朝食の会場に向かいました。
食事中、僕たちは今後の対応策について話し合いました。
議論は「どうすればマジックで書かれた文字を消すことができるか」という点に集中したのですが、大した知恵のない僕たちにとって、解決策を見つける事ができません。
そんな議論の中、同じスクールに通うヤスナリが、面白い事を言い出しました。
「あのさ、多分マジックで書かれた字って、簡単には消えないと思うんだ。だったらさ、僕たち全員で自分の顔にも文字を書けばいいんじゃない?」
すると彼の双子の兄、ヒロナリも同調します。
「そうだよね。皆でやればさ、カスガイも仲間が出来て喜ぶよ」
しかし自らマジックで顔に文字を書くとなると誰でも躊躇します。僕たちが困惑していると、ヤスナリがこう言い放ちました。
「うちのお父さんが言ってたけど、日本人は周りを気にするから、一人だけ違うっていうのが辛いんだって。だから皆でやれば絶対カスガイもトイレから出てくるって。」
アメリカンスクールに通うクレバーな在日韓国人の双子。英語が出来るっていうだけで一目置かれる彼らから、そんな論理的な話をされたら反論できません。
部屋に戻るなり、僕たちはお互いの顔にマジックで漢字を書きあいました。
皆がどんな漢字を選んだかは覚えていませんが、僕は額に「清」と書いてもらいました。中国の清朝とは関係有りません。中畑清の「清」です。
しかし字の下手なツナシマに書いてもらったという事もあり、僕の額には「シ青」の文字。
そんな状況ではありますが、お互いの顔に文字を書き合うと、不思議な事に強い絆の様なもが生まれます。
それに一旦顔に落書きをしてしまうと、これ以降、マジックマンを恐れる必要はありません。
スキーの練習中だって僕たちは皆のヒーローです。
「お前たち、真面目に練習しないと、マジックマンが来るぞ!」
「別にマジックマン怖くないし。なんだったらマジックマンの顔に落書きしたいから、是非会ってみたいな」
そんな僕らの雄姿を見て、他の部屋の子供たちも同調します。
気がつくと、低学年男子の大半が、顔に何らかの漢字を書き込んでいました。
傍から見ると異様な光景です。他のスキー客は、僕たちの事をどの様に思っていた事でしょうか?
最後の夜、僕たちはお風呂の中で誓い合いました。
「この旅を忘れない為にも、家に帰ってからも額の漢字を大切にしよう。そして大きくなったら入れ墨を入れよう!」
あの時は酒が入ってなくてよかったです。多分飲んでいたら、勢いで墨を入れていたと思います。それ程までに僕たちは、額の文字を誇りに思っていました。。。
自分の眉間に「シ青」の文字が書かれた状態で、残りの人生を生き抜く自信はありません。。。
帰宅早々、母の手によって、アルコールで消されてしまった額の漢字。
それ以来、入れ墨に対する興味は無くなりました。
いつの日か、僕も心から入れたいと思うタトゥーに出会う事があるのでしょうか。
その時の僕がどんな状況であれ、「中火田シ青」だけは避けたいですね。


